福岡野外実習3日目 東田第一高炉跡

3日目は、福岡市博物館で金印でも見ようかな、という計画でしたが、何となく北九州市の東田第一高炉跡の見学に切り替えることになりました。

博多駅から1時間ほどで、スペースワールド駅に到着。

左が現代の地理院地図、右が1922年の地図です。
新日鉄の八幡製鉄所を縮小して、1990年に一部をスペースワールドという遊園地にして開業しました。
「やはた」駅の位置も現在と異なります。
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スペースワールド駅前から見ると、相変わらずスペースシャトルが鎮座しています。
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そこから右手に移動したところにあるのが東田第一高炉跡です。1901の看板は八幡製鉄所の操業開始年です。
筑豊炭田の石炭と中国・大冶鉄山の鉄鉱石を原料としていました。
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高炉から出た銑鉄を運ぶトーピードカーです。
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銑鉄から炭素分を取り除いて鋼鉄にする転炉です。
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ここに来たのは3回目ですが、結構面白いので地理や産業史が好きな人にはおすすめです。

ここから八幡駅まではたいした距離ではありません。
八幡駅に着いてみると、立派な駅ビルが、と思ったら巨体な立体駐車場でした。
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八幡駅前は戦災復興土地区画整理事業で広い街路が整備され、さらに2000年頃に市街地再開発事業が行われて立派な建物になっています。人はあまり歩いていませんでしたが。
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さて、駅に着いたところで12時近くなりました。帰りも各自任意の方法で帰ることになっており、帰る時間もばらばらなので、八幡駅前で解散することになりました。3日間お疲れ様でした。

さて、この辺に焼きカレーの店はないかな、と思って少し再開発ビルの店を見て回ったのですが、無かったのでカレー屋さんで食べました。

博多駅に戻って、少し時間が合ったので、博多ポートタワーに上ってきました。
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最後に、JR博多シティの写真をとって、福岡空港に向かいました。
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羽田空港着陸前は、結構揺れました。

福岡野外実習2日目 アサヒビール・志賀島・千早駅付近

福岡野外実習2日目です。

午前中は工場見学で博多駅から一駅のJR鹿児島線竹下駅前にあるアサヒビール博多工場に出かけます。
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ビール工場のは、製品重量の大部分が水という普遍原料なので、市場の近くに立地します。さらに、新しいビール工場はトラック輸送に便利な地点に作られますが、古い工場は鉄道でビールを輸送したため、駅近くの便利な立地が特徴です。

アサヒビール博多工場は大正10年開設ということで、駅近くにあります。
大正15年の地形図にもしっかり描かれています。
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ビール製造工程の見学の最後には、試飲できるようになっています。

見学後博多駅に戻り、バスで博多港に行きます。そこから市営渡船で志賀島へ向かいます。
博多港内です。
神戸に本社をもつ上組のサイロです。コーンスターチのサイロとのことです。
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船は「きんいん」号という名前です。
船は意外と大きく、天気も穏やかだったのでそれほど揺れませんでした。
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今昔マップでとったGPSログです。
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さて、志賀島に到着です。
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上陸後、食堂で「サザエ丼」を食べました。おいしかった、と書くのが普通ですが、個人的にはあまりサザエが好きでないのでした(^^)。

港から歩いて志賀島の一番高い標高170mくらいにある潮見公園まで歩きます。最近は肺活量が低下して登りはきついのですが、のんびり歩きます。登山道ではなく、普通の車道です。

♡ロックのぶら下がる展望台からの景色は素晴らしいです。海の中道方面を見てみました。
砂州でつながってます。
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島はおおむね常緑樹で覆われています。さいたまより暖かいですね。
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下りは火焔塚によって、志賀島バス停に行きます。しかし1時間くらい時間があったので、海の中道の次のバス停まで歩くことにしました。

道路で繋がっていますが、一部橋になっている箇所があります。
その場所でも砂浜が続いていたので、志賀島は陸続きの陸繋島と判断できますね。
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福岡市街がよく見えます。福岡タワー付近を見てみました。
ほんと、左側に見えるヒルトンホテルは薄っぺらいですね。西風で倒れたりしないのでしょうか。
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志賀島を振り返ります。
風が強くなってきて、砂が飛んできます。それでも追い風なので、バスには十分間に合いました。
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バスで海の中道を縦断します。子供の頃から地図を見て行きたい場所だったので、これてよかったです。

博多湾をぐるっと回って千早駅付近のバス停で下車します。
ここでは旧国鉄の香椎操車場跡を再開発する香椎副都心土地区画整備事業が進められています。
左側が現在の地理院地図。右側が1984年の地形図です。
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まだ空き地も多いですが、新しい高層ビルが並んでいます。写真に写っている範囲では、マンションが多い感じです。
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福岡市は、空港による高さ規制のため、市中心部の博多・天神では高さ60m程度のビルが限界なのに対し、東西の副都心で100m以上の高層ビルが建てられていくという点が特徴的です。

博多駅に戻って、JR博多シティから夜景を撮ってみました。
建物の高さが揃ってます。ちなみに、寒いです。
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博多駅は、かつてはもっと西側にあったのですが、1963年に現在の位置に移転しました。
左側は移転後の1972年、右側は1950年の地形図です。
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駅前の赤茶色で目立つの西日本シティ銀行本店ビルは、磯崎新氏の設計で1971年完成です。


福岡野外実習1日目 福岡タワー~天神~博多

今年度の人文地理学野外実習は福岡市になりました。
学生はそれぞれ好みの交通手段で福岡市にやっていきます。

私はスターフライヤーで福岡空港へ。珍しく内陸コースで、途中南アルプスがよく見えました。
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⑩の博多駅近くの宿泊ホテルに13:00集合です。
学生8人のほか、学生たちがお世話になった西山先生も来て下さいました。

これは本日の巡検コースです。
地理院地図の土地条件図上にコースを描いており、黄色い部分は「砂州・砂堆・砂丘」に相当し、緑は丘陵地です。
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①福岡タワーまで高速経由のバスで移動します。
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福岡タワーは8年ぶりです。
福岡空港の高さ制限では160mくらいの区域にあり、展望室は123mですが、全体では234mです。
電波塔だから許可されているのでしょう。

東側です。ヒルトン福岡シーホークが大きいです。大きいですが、実は薄っぺらいです。すぐ後ろにヤフードームが一部見えています。
村上龍の「半島を出よ」で、爆薬を仕掛けて倒壊させられたホテルとして個人的に有名。
天神や博多も写っているのですが、高い建物がないのであまり目立ちません。
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西側直下の百道浜四丁目です。
埋立地にもかかわらず、広い敷地の高級戸建て住宅地区になっています。現在でも1億円以上の物件が販売されています。
建築協定があり、建物の外壁の後退距離、屋根の形状や色、アンテナの設置などに制限をかけ、景観的一体性を保持しています。
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②百道浜四丁目
百道浜四丁目の住宅地です。すぐ前に交番もあって安全そうです。
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③元寇防塁
百道浜の埋立地から砂州上の市街地に入りました。
この付近には九州では有名な私学の西南学院があり、そのキャンパスの隣に「元寇防塁」の1つがあります。
元寇防塁というと、海岸線にあるイメージですが、ここは内陸になっていて、しかも周囲が掘り下げられてようやく防塁であることがわかる状態です。
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今昔マップで大正15年の地形図を見ると、確かに当時は海岸付近だったことが分かります。
海岸近くのため、その後砂に埋もれてしまい、その後掘り返したものと思われます。
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④高層マンション
東に向かうと高層のタワーマンションが目立っていました。
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⑤大濠公園
福岡城の堀ですが、かつては入り江の一部だったと書いてありました。たぶんラグーンでしょう。
水は浄化されてたいへんきれいでした。

⑥福岡城
福岡城は丘陵地の北端に位置しています。
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天守閣はありません。最初からなかったという説が一般的ですが、あったという説もある、そうです。
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平和台球場跡を通って、そのまま東へ向かい、⑦大名、⑧天神と賑やかな繁華街を歩きます。

⑨中州で夕食にしようと思いましたが、建国記念の日で閉店の店が多かったため、川を渡った上川端商店街でもつ鍋などいただきました。

さらに西山先生ほか数名のラーメン組とわかれ、ホテルに戻りました。

緯度経度からメッシュコードへ

いつも緯度経度からメッシュコードに変換するのに試行錯誤してしまうので、メモ。

Dim lat1 As Integer = Int(LatLon.Latitude / (40 / 60))
Dim lat2 As Integer = Int(LatLon.Latitude / (5 / 60)) Mod 8
Dim lat3 As Integer = Int(LatLon.Latitude / (30 / 3600)) Mod 10

Dim lon1 As Integer = Int(LatLon.Longitude)
Dim lon2 As Integer = Int(LatLon.Longitude / (7.5 / 60)) Mod 8
Dim lon3 As Integer = Int(LatLon.Longitude / (45 / 3600)) Mod 10

Dim firstMeshCode As String = Right(CStr(lat1), 2) + Right(CStr(lon1), 2)
Dim secondMeshCode As String = firstMeshCode + CStr(lat2) + CStr(lon2)
Dim thirdMeshCode As String = secondMeshCode + CStr(lat3) + CStr(lon3)

戦前~戦時期にかけての工業統計表(工場統計表)メモ

工業統計は統計法で指定される基幹統計の一つで、日本の工業の実態を明らかにする基礎資料であり、経済産業省により毎年実施されています。

その沿革は経済産業省のWebサイトに掲載されていますが、調査の開始は1909年(明治42年)にさかのぼります。

ここでは、メモ代わりに戦前から戦時期までの同調査の変遷と留意点をまとめてみます。なお過去の調査報告書はPDFですがすべて経済産業省の「工業統計アーカイブス」からダウンロードできます。

まず、当初は「工場統計表」として農商務省管轄で1909年から5年ごとに行われていました。調査日は当初から12月31日現在となっています。そして、1919年以降は毎年実施されることになりました。

当初は職工平均5人以上を使用する工場が対象でしたが、1921年には5人未満の工場も調査することになりました。しかし、調査範囲の広範化と調査事項の増加により、調査票の記入と提出が不完全となってしまったため、1923年には常時5人以上の職工を有する工場に戻りました。調査項目も、それまでは就業時間など労働に関する内容も含まれていましたが、「労働統計実地調査」の開始により、そちらに移されました。(1923年工場統計表の「緒言」による)。

それ以降は従業者数、原動機数、賃金、生産額など表章項目はあまり変わりません。

1925年、農商務省が農林省と商工省に分割されたことにより、それ以降商工省が調査を実施しています。

1929年になると、工場調査を実施する根拠が省令から資源調査法にもとづく省令へと変更になります。調査の目的も行政上の利用に加え、国家総動員計画の立案のための調査という側面が強化され、内閣資源局が実施していた軍需調査令にもとづく工場に対する調査と統合されました(1929年工場統計表の「緒言」による)。

1936年には、「時局に鑑み公表を中止せられたるものに付其の取り扱いに関しては一切外部に漏洩せざる様特に注意せられたし」という「別冊」が作られるようになりました。

1938年の「別冊」では軍用資源秘密保護法の軍用資源秘密に該当すると記載され、(同法は1939年公布ですが、1938年の工場統計表の発行は1939年のため)、別冊の内容も従業者数が入るなど、充実していきます。

1939年には、工場調査規則を廃止して工業調査規則が制定され、「工業統計表」と名称が改められました。同時に、常時5人未満の職工を使用する工場にも調査が行われることになりました。これから1942年調査まで、上巻・中巻に「常時5人以上を職工を使用する工場」について表章され、下巻に「常時5人未満の職工を使用する工場」が表章、さらに別冊が機密扱いで非公表という形式が続きます。

1944年に刊行された1942年の調査は、1943年に設置された軍需省の総動員局動員部第三課から発行されています。

1943年、44年は調査票は提出されたものの、集計人員の不足と戦災による一部資料の焼失により統計表は刊行されませんでした。

1945年は、終戦によりそれまでの調査規則は廃止されましたが、産業再建の基本資料としての必要性から1946年1月に新たな商工省省令による工業調査規則が制定され、1945年12月末日現在までの調査が5人以上の職工を使用する工場に対して行われました(1945年工業統計表「緒言」による)。

最後に、1939-42年の工業統計表での従業者について、メモしておきます。

これは1939年の職工数5人以上の工場に対する調査票の一部です。
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従業者は、「職員」「職工」「その他の従業者」に分けられ、職員は「事務に従事する者」「技術に従事する者」に分かれます。職工は年齢階級3区分に分けられます。さらに各区分は男女別に分けられます。

中巻の表では、この従業者区分に応じて表章されています。
1.工場数及従業者数:道府県・従業者区分別の従業者数
2.従業者数(主要事業別):全国の産業・従業者区分別の従業者数
3.従業者数(主要事業別・職工数別):全国の産業・職工数区分(5-10、10-15、15-30、30-50、50-100、100-200、200-500、500-1000、1000-)・従業者区分別の従業者数
4.工場数及職工数(道府県・主要事業別):道府県・産業・従業者区分別の男女別職工数

公立工場に関しては表10で従業者数が記載されていますが、陸海軍工廠は含まれないため人数は多くありません。

職工5人未満の工場を表章する下巻では、調査票が前掲のものと異なり、従業者区分も異なります。従業者はまず「雇用労働者」と「家族従業者に分けられ、それぞれ「職工」(後者は「職工に準ずる者」)と「その他」に分けられ、さらに男女別に分けられます。

表は中巻とだいたい同じです。ここで注意する点は、従業者数が中巻の内数ではなく、外数であるという点で、全体の工業従業者数は中巻+下巻ということになります。

別冊では、機密扱いの項目が並んでいますが、中巻では軍需関係の産業小分類(たとえば「鉄砲、弾丸、兵器類製造業」「鋼船製造業」など)が記載されておらず、その項目がここで表章されています。従業者数としては中巻の従業者数の内数となっています。

なお、上巻は生産額が中心で従業者に関する項目はありません。

こんな感じでいろいろ複雑ですが、備忘録として記録。





世界の稲作動画

How rice is made
フィリピンの稲作です。


Planting Rice in the Philippines - Synchronized
フィリピンの田植えです。手で植えています。


Planting Rice By Machine
タイの田植えですが、機械はクボタです。


Rice Planting by Air - Go Pro
北カリフォルニアの飛行機での播種です。



Mechanical rice harvest in china
中国の稲刈りです。機械はヤンマーです。


台灣-稻米豐收的季節 Rice Harvesting in Taiwan
台湾の稲刈りです。機械はクボタです。


タイの稲刈り



NEW S680i + 6,7 m - RICE HARVEST in Italy 2013
イタリアの稲刈り


Rice Harvest in Arkansas
アメリカ・アーカンソーの稲刈り


Rice Harvest 2009 in south of Brazil
ブラジルの稲刈り