標準化ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本人口の年齢構造

<<   作成日時 : 2008/06/03 00:20   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「人文地理学概論」という講義では、人口転換について授業しているところだ。
人口転換とは多産多死から少産少死へと変化することで、日本では1920年以前が多産多死で、それ以降乳幼児死亡率が低下して多産少死へ、50年以降合計特殊出生率が2になって少産少死へと変化した。


画像

これの図は日本の47都道府県(一部の時期は沖縄県を除く)の年齢5歳階級別人口を1920年から5年ごとにグラフ化したものだ。

1925年から50年にかけての0〜5歳人口が人口規模を維持したまま加齢していることがわかるだろう。おそらく今から100年後に同様な図を描くと、この多産少死世代が一本の明瞭な山脈を形成しているはずだ。それはそのまま日本の高度成長につながっている。
日本の60年代の高度成長は内需主導型だったと言われる。多産少死世代の人々が、自らの生活を向上させるために耐久消費財を生産し、また購入するというサイクルが存在した。

画像

こちらは同様の図を東京都について描いたものだ。東京都では常に子どもの人口よりも20代の人口が多い。外部からの流入者が多い一方で、子どもを生み育てる場所としては十分ではないことを示している。特に1950〜60年代は、20代から三十代にかけてコーホートが減少する。これが戦後の郊外化である。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~ktani/study/papers/tani1997.html

画像

埼玉県では、終戦直後に疎開による人口増加が顕著だが、やはり60年代の多産少死世代の急増が顕著である。その世代の子どもが70年代前後生まれの第二次ベビーブーマーである。

第二次ベビーブーマーが小学校に入学するのが70年代になる。その頃、小学校が大量に建設され、教員も大量に採用された。その頃採用された教員は退職期を迎えつつある。その退職を補うために、大都市圏では小学校新卒者を大量に採用している。その教員世代は団塊の世代というよりもその少し後の世代であろう。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
日本人口の年齢構造 標準化ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる